モノミオン ラボ

モノミオン ラボ

monomion Labo

自分はクリエイティブな人なのか、どうなのか・・頭が活性化する意味

 

クリエイティブになるとき

 

見方を変える、視点を変えるという感覚は、そのとき自分の中のクリエイティビティ(創造性)が動き出したりしますよね。

 

例えば、普段の風景を撮った写真を眺めていると、ふと今まで見ていなかったものに気がついたりしますね。

電線こんなに多かったのか!とか、こんな店あった?とか。

 

肉眼から写真へ。

 

見る角度を変える、ある視点を変える→

今まで見えなかったものが見えてくる→

新たな気づきがある→

クリエイティブに脳が働く。

 

クリエイティブなんて抽象的な言葉を多用しちゃってるけどここでは抽象的なことこそが重要よ。

ざっくりを堪能しましょう。

 

具体的なことを言っちゃうと視野が狭まってしまうからね。

クリエイティブという言葉の響きのなんだか良い雰囲気を味わうのです。

 

クリエイティブとは 

クリエイティブという言葉は英語です。

クリエイティブを日本語にすると「創造的な」になります。

創造とは、これまでに存在しなかった新しいものを生み出すという意味になります。 

創造的とは、新しいものを生み出す瞬間のエネルギーが発生する様子になります。

 

クリエイティブとはざっくり言って、新しいものを生み出す瞬間の様子ということになりますでしょうか。

 

ざっくりとしか言えないところに言語の限界を感じますね。

だから文学があるのでしょう。

 

自分はクリエイティブな人なのかそうではないのか

 

そういう風に考える人はどれだけいるのだろう。

でも、そうありたいと思う人は結構いるように感じるけどどうだろう。

 

だけどこの感じるという感覚も危ないよね。

もしかしたら誰もそのようなことは考えていないのかもしれないのに。

 

僕もそう思う! 私もそうよ!

 

と思ってくれたらありがたいけどそんなことは確かめようがないよね。

その人は嘘をついているのかもしれないしさ。

 

しかしまあとにかく共感というのは人を気持ちよくさせてしまうわね。

 

自分と同じ考えの人がいた!

自分の気持ちをわかってくれる人がいた!

 

というのは人間にとって重要な快楽の一つなのです。

 

クリエイティブなエネルギー

 

体を動かすためのエネルギーは食事からとるよ。

車を動かすためのエネルギーはガソリンからとるよ。

 

でも発想を豊かにするためのエネルギーってどこから来てるんだろうね。

心を前むきにするためのエネルギーってどこから来てるんだろう。

気分が良いときに感じる活力の元になるエネルギーもどこから来てるんだろう。

 

エネルギー保存の法則というものが一般的に定義されています。

エネルギーは、形は変えるがその総量は変化しないというもの。

でもこれは物理的現象に対するものですね。

 

心や発想に影響するエネルギーのようなものは、もともとどこにあり、どこへ消えて行くのかわからない。

 

もしかすると人へ人へと移っていくものなのか。

でも保存則は必ずしもあてはまらない。

 

共感しあって、喜び合うとお互いに心地良い。

保存則があるなら、一方が楽しくなれば、もう一方はどんよりとした気持ちになるはずだよね。

でも場合によってはそんな現象もあるかも^^; まあいいや

 

 

物理現象とは違う、もう1つ次元の高いエネルギーって感じだよね。

 

 

人の意識はその人とは別のところに存在すると言う人も多いけど、

確かにこのエネルギーの源ことを考えると、その説もあながちオカルト的ではない感じ。

 

人ってなんだか複雑だなー

でも。

 

人は本当に複雑なのだろうか?

 

人の複雑性を少し考え始めたけど多分、きっとわからないね。

少なくとも私にはわからない気がするよ。 

 

私が私の頭で、私がどのようなものなのかを理解することはできないような気がするな。

考えても考えても同じところをぐるぐる回るようで。

井の中の蛙的にね。

 

私でないものから私を見ないことには検討がつけられない。

でも私でないものの意識になったとき、それはもはや私でありますね。

結局無理なんだ。

 

でも、この発想がクリエイティブですね。 多分。

 

とにかく今はクリエイティブであれば良い。

そのおかげで気分が良ければそれでよし。

生きる上では、気分の良さが最も重要です。

 

青い空は気分を良くしてくれるよ。

 

とても優しい沖縄の人のサイコパス性

沖縄の人のサイコパス

 
最近ちょくちょく聞こえてくる「サイコパス」いう言葉。
 
聞こえてくと言っても、もしかしたら私がなんとなく興味あって頻繁に聞こえてくるように感じるだけかもしれかいなとも思ったり。
 
それはいいとしてふと思った沖縄の人のサイコパス性について。

この「サイコパス性」っていう言葉、合っているかわからないけどなんとなく使ってみるよ。

 

沖縄の人は親切だけど、ことサイコパスに関してはどうだろうなんて思って。

 

サイコパスとは

サイコパスとは簡単に言えば他人に対して共感能力がない人のことだ!

 

「他人の痛みのわかる人になりましょう」

なんて学校では教わるけれども、中には「ん?何それ?」と思っている子供もいるということだね。

 

「先生!どうやって他人の痛みがわかるんですか?」

なんて聞いていた生徒は幸い私の幼少期の記憶ではいなかったはず。

 

皆さんはそうやって質問されたとき、どう答えてあげるかな?

 

私はどうするか。

今となってはその前に、その子はもしかしてサイコパスなのではと思っちゃって、良い答えを探す前に警戒心のようなものが立ち上がりそう。

 

でも実際の親ならこのとき我が子をどう育てていくかについて考え直さなければならないかも、、、あるいは。

 

もちろん、探究心としての質問の場合もあるだろうから、これだけでは判断できないか。

 

やっと思い出した「ちょいコパス」

おぎやはぎのメガネびいき」ってラジオのクラウド版だったかな、本編をradikoで聞いていたときだったか、そこでサイコパスについて話題になっていたよ。

 

話の流れは忘れたけど、そこではちょっとだけサイコパスの人を「ちょいコパス」と呼んでいて、それがとても面白く感じていたんだった。

 

その言葉流行るんじゃないかなと思ったりしていたけど、んーあまり聞かないね。

まあサイコパス自体よくわからないもんね。 

 

サイコパスな人もときには役立つ

反社会性人格とも呼ばれるこのサイコパスだけど、世の発展のためにはある程度必要な人物でもあると、ある科学者が言っていた。

脳科学者の中野信子先生だったかな。

 

そして似たようなことはよく聞くよね。

世の発展とは経済的になのか、文明的になのか、精神的になのか、などと言った細かなことはちょっと横に置いといて。

 

とにかくサイコパスの人は通常の人がやりたがらないことでも平気でできてしまうことによって、ある種の段階を前へ推し進めることができてしまう。

 

超合理的人格で、利益のためなら人の命をいとわないから、

(ある場面において)ここでこの人たちを殺してしまえばいろいろと効率がよくなると感じたら身内でも平気で殺してしまえる人格 (´д`)

このときの効率とは背景によってケースバイケース。

 

1人を殺せは10人が助かる場面において、その1人が自分の親しい人でも平気で殺しちゃう。

もちろんこの場合10人助かることが有益であることが前提ね。

 

 村や国をあずかる頭首ならそのような決断も余儀なくされることが多かったりもするんだよね。

 もしリーダーが心優しい人なら一瞬の判断を間違え(罪人に情けをかけるなど)、支えている多くの人々がひどい目にあってしまうケースもあるんだって。

 

そういうことから、今の時代が築かれている背景にサイコパスの人の関与が幾らかは影響しているっぽいよ。

織田信長サイコパス

 

サイコパス度合い

サイコパスには度合いがあって、単純にあの人はサイコパスである!とか、サイコパスではない!とかという極端なことは言えないみたい。

どれだけの割合でサイコパス的人格を持ち合わせているかということらしい。

 

だから軽度のサイコパスもいれば重度なサイコパスも存在するということ。

そんな中で「ちょいコパス」と言ったり「サイコパス性」と言ったりしている。

 

そしてさらに犯罪性とダイレクトに直結するわけではないみたい。

犯罪にはまたそれなりの(犯罪的)要素が必要になってくるから(サイコパス=犯罪者)ではないようだよ。

 

企業のトップにサイコパス性の強い人は多いのは有名な話だし、弁護士や外科医などもその傾向が強いようなんだよね。

確かに、想像するに外科手術なんてものは私ならすぐ倒れてしまいそう。

慣れもあるのかな、いや、私には無理だろうね。

 

沖縄の人のサイコパス

 

前置きを書いていたら少し長くなっちゃったね( ´Д`)

この部分だけ書いて終わろうかと思っていたのだけど、持ち前の親切心が邪魔をしてしまったようで(;´▽` だらだらとパソコンをカチャカチャやってしまっていたみたい。

 

結論から言うと「沖縄の人はサイコパス性が低い」だよ。

高いと思わせるような出だしになってしまったことは申し訳なく思うけど結論がここまで下がってくるとは思わなかったから(・Д・`)

 

沖縄の人はサイコパス性が低い

そう思うのは沖縄の人はあまりにも親切な人が多いと感じるからなんだよね。

道をたずねたときの親身具合がすごい!

もちろん人にもよるし、他県でも親切な人は親切だよ。心あたたまる。

 

でもそれだけではないかな。

仕事面での見解。

 

先でリーダー的役割の人にサイコパスが多いと語ったように、ある場合においては何かとサイコパス的人格が必要とされてしまうことだってあるんだよね。

ここで私の言うある場面とは経済活動が主。 

 

そしてその度合い。

企業においてはリーダー格がサイコパス度合いが高いのはもちろんだけど、

その他の一般社員においても、程度の差こそあれサイコパス傾向のある人が沖縄の人よりも他県では多いんじゃなかなと、、。

 

すると利益獲得に向けて効率的に仕事をしようという全体の意識が高まるよね。

( ここで言う効率的とは仕事に注げるエネルギーや時間のこと)

戦い、競争に強くなる。 

なんか戦前をイメージさせる^^;

 

県民性的にサイコパス性の低い(低いと思われる)沖縄の人の経済活動について、

沖縄でも企業のトップはやっぱりサイコパス性の高い人はある程度多いのだろうけど、一般社員においてはサイコパス性の低い人が多い。

すると仕事するにあたり、効率よりも心情が上回ってしまう傾向があって、細部(多数社員)においては厳しく利益を追求していかないことが多いのかなと思っちゃう。

(沖縄の平均年収は全国最下位を受けて) 

あまり得しない案件でも引き受けちゃう。計算やしたたかさなしで。 

部下のミスにも寛容!

 

物質至上主義の世の中

生産性を高めて、経済を豊かにしていくことが正義とされている時代だけど、

でもそれは人間の中枢から何かが削られてしまっているのではないかと感じてしまうところがある。

人間的な何か。

 

でもこれからA Iが関わる世界になるだろうし、その分、仕事で人が消耗する世界がなくなっていけばいいのかなーなんて思うよね。

 

沖縄の人は霊性が強い? サイコバスの逆

 

するとサイコパスの逆とはなんだろうかと考えたところ、共感性が強いということになって、それは突き詰めれば魂の領域に入っていくのではないだろうかと思ったよ。

そして魂は突き詰めれば霊的な領域に入っていく。

(完全憶測なので鵜呑みにしないでね)

 

実際に沖縄は聖なるものの言われが多い気がするし、「ユタ」と呼ばれる霊媒師(シャーマン)が日常的に現れちゃうからさ。

 

A Iが発達すると今度は人はシャーマンよりになっていったりして、、。

 

沖縄のパワースポット

沖縄にはいくつかパワースポットがあるようだけどまだほとんど行ったことないなー

 

機会があれば行けるといいなー。

 

まずは世界遺産斎場御嶽(せーふぁうたき)かな。

 

 

沖縄観光 オープンカーってどう? 面白い外国人観光客

沖縄観光のレンタカーといばオープンカー? 

この前のある晴れた日。

海沿いの道を車でぼけっと走っていたところ、気づけば前にはルーフを開けた「トヨタソアラ(オープンカー)」が快走中!

 

色付きのミラーサングラスをかけた金髪のお兄さんとお姉さんが優雅に走っている様子。

(オープンなので後ろから横顔がよく見える)

 

外国人だろうかとナンバーを拝見。

「Y」ではない

沖縄では車のナンバーの50音のところが「Y」になっている米軍関係の乗用車がよく走っている。

スポーツカーが好きな彼らはワイルドスピード的に車を乗り回すのよね。

でもそこまでひどくはないかな。全然

 

でも今回は「わ」のナンバー!

ということはレンタカー(観光客)かな。

そんなんできちんと確認してみると日本人のお顔でした。

 

「ああ・・こんな綺麗な海の側をオープンな車で・・なんと羨ましい」

 

とはならないのが沖縄の人のあるあるかも!

本当はこんな感じ

 

「ああ・・彼らは焼け死にたいのかしら・・」

本当にそう思っちゃうよね。

 

行き先が一緒だったのでしばらく後ろを走行しているとまさかの出来事。

3キロくらいある超長いトンネルへそのまま入って行っちゃいました。

 

もう排気ガスまみれだよ、きっと。

窓ガラス閉めていても車内は少しガス臭くなるんだから。

せっかく綺麗に染めてセットしたソフトモヒカンもブロンド風ヘアも台無し。

 

でもそのあとまた新鮮な風に吹かれるから平気かもね!

たった3キロの辛抱 (^^*)

 

でも本当そうなのだろう。

いくら暑かろうがいいんだよね、きっと。

大きなお世話。

せっかく沖縄観光に来たんだから何と言ってもオープンカー!

地元の人に何と思われようが自分の意思を貫くことが観光では重要かもね。

迷惑行為は除く。

 

でも実際のところ、沖縄で走っているレンタカーは普通の屋根付きコンパクトカーがほとんど。

やっぱり移動中くらいはクーラーの中で綺麗な海を眺めた方がいいかもしれませんね。

以外に街中多いし、排気ガスすごいよ。

 

 沖縄を走る観光客のカラフルなレンタカー

 

よくレンタカーを見かけては羨ましく思う今日この頃

ああ私も旅行がしたい・・・

でも沖縄に住んでいること自体、若干のリゾート気分を味わえますよ。

 

しかし沖縄はどこへ行ってもレンタカーがいるな〜と思う

基本的にレンタカーは赤や青など目立つ色ばかりだから、空間に彩が生まれていい眺めだよ!

 

外国人観光客のレンタカー!沖縄の暑い夏

 

近頃沖縄では「外国人が乗ってます」マグネットの貼られたレンタカーが急増!

いきなり右側通行を始めるのではなかろうかとヒヤヒヤしながら後ろから眺める毎日。

 

目的地が同じなら、到着した車から出てくる外国の方々を見ることができるけど、ほぼほぼ私たちと同じ顔の人たちなんだよね。

でもなんとなく日本人ではなく、中国か韓国か台湾の人だということはわかってしまう。

 

結構な確率でカンナムスタイルのおじさんが降りてくるからね!

私が見ている範囲においてだけど。

 

カンナムスタイルはK-POPだけど、そんなカンナムおじさんは中国系の人(多分)

成金スタイル!まあいい意味で。

 

韓国の人はもっとほっそりしているイメージ。

 

でも言葉を聞けばすどちらかわかるよ、韓国語と中国語は全然違って聞こえるからね。

 

沖縄に観光にきた中国人は爆音で話す!

 

そして中国人観光客の会話は爆音!

これが名物。

それを珍しそうに眺める日本の子供もいる。

 

でもそもそもすごい音量で話しまくるのが中国のコミュニケーションスタイルのよう。

 

観光で受かれ気分ってわけではないようだ。

誰かが「彼らは沖縄観光でとてもテンションが上がってるんだねー」って言ってたから「そうだねー」って私も言った。

そういうやって観察されていること、きっとわかってないだろうなー。

 

ずっと前にベランダで布団を叩きまくって大声で叫んでいたおばさんがどこかにいたけれど、瞬間的にあれをイメージしてしまうほど。

あれほどやばくはないけどね。

 

でも彼らの目には日本人が写っていないように感じる。

自分たちと違う意識感覚で地元の人たちが動いていることに触覚が働いていないのだろう。

たまにロボットのように見えるときがあったり^^;

 

沖縄以外にも日本には中国などアジア圏の観光客って多いんだろうね。

マナー面でよく批判されているけど彼らにはよく理解できない事柄のように見える。

表情を見ているとやっぱりそう感じるよね。

「ああ、なんで注意されているんだろう」って顔をしてる。

 

でも国が違うで仕方ないことかな。

でもそんな彼らを観察するもの私は楽しくもあるかなー!