モノミオン ラボ

モノミオン ラボ

monomion Labo(沖縄)

とても優しい沖縄の人のサイコパス性

沖縄の人のサイコパス

 
最近ちょくちょく聞こえてくる「サイコパス」いう言葉。
 
聞こえてくと言っても、もしかしたら私がなんとなく興味あって頻繁に聞こえてくるように感じるだけかもしれかいなとも思ったり。
 
それはいいとしてふと思った沖縄の人のサイコパス性について。

この「サイコパス性」っていう言葉、合っているかわからないけどなんとなく使ってみるよ。

 

沖縄の人は親切だけど、ことサイコパスに関してはどうだろうなんて思って。

 

サイコパスとは

サイコパスとは簡単に言えば他人に対して共感能力がない人のことだ!

 

「他人の痛みのわかる人になりましょう」

なんて学校では教わるけれども、中には「ん?何それ?」と思っている子供もいるということだね。

 

「先生!どうやって他人の痛みがわかるんですか?」

なんて聞いていた生徒は幸い私の幼少期の記憶ではいなかったはず。

 

皆さんはそうやって質問されたとき、どう答えてあげるかな?

 

私はどうするか。

今となってはその前に、その子はもしかしてサイコパスなのではと思っちゃって、良い答えを探す前に警戒心のようなものが立ち上がりそう。

 

でも実際の親ならこのとき我が子をどう育てていくかについて考え直さなければならないかも、、、あるいは。

 

もちろん、探究心としての質問の場合もあるだろうから、これだけでは判断できないか。

 

やっと思い出した「ちょいコパス」

おぎやはぎのメガネびいき」ってラジオのクラウド版だったかな、本編をradikoで聞いていたときだったか、そこでサイコパスについて話題になっていたよ。

 

話の流れは忘れたけど、そこではちょっとだけサイコパスの人を「ちょいコパス」と呼んでいて、それがとても面白く感じていたんだった。

 

その言葉流行るんじゃないかなと思ったりしていたけど、んーあまり聞かないね。

まあサイコパス自体よくわからないもんね。 

 

サイコパスな人もときには役立つ

反社会性人格とも呼ばれるこのサイコパスだけど、世の発展のためにはある程度必要な人物でもあると、ある科学者が言っていた。

脳科学者の中野信子先生だったかな。

 

そして似たようなことはよく聞くよね。

世の発展とは経済的になのか、文明的になのか、精神的になのか、などと言った細かなことはちょっと横に置いといて。

 

とにかくサイコパスの人は通常の人がやりたがらないことでも平気でできてしまうことによって、ある種の段階を前へ推し進めることができてしまう。

 

超合理的人格で、利益のためなら人の命をいとわないから、

(ある場面において)ここでこの人たちを殺してしまえばいろいろと効率がよくなると感じたら身内でも平気で殺してしまえる人格 (´д`)

このときの効率とは背景によってケースバイケース。

 

1人を殺せは10人が助かる場面において、その1人が自分の親しい人でも平気で殺しちゃう。

もちろんこの場合10人助かることが有益であることが前提ね。

 

 村や国をあずかる頭首ならそのような決断も余儀なくされることが多かったりもするんだよね。

 もしリーダーが心優しい人なら一瞬の判断を間違え(罪人に情けをかけるなど)、支えている多くの人々がひどい目にあってしまうケースもあるんだって。

 

そういうことから、今の時代が築かれている背景にサイコパスの人の関与が幾らかは影響しているっぽいよ。

織田信長サイコパス

 

サイコパス度合い

サイコパスには度合いがあって、単純にあの人はサイコパスである!とか、サイコパスではない!とかという極端なことは言えないみたい。

どれだけの割合でサイコパス的人格を持ち合わせているかということらしい。

 

だから軽度のサイコパスもいれば重度なサイコパスも存在するということ。

そんな中で「ちょいコパス」と言ったり「サイコパス性」と言ったりしている。

 

そしてさらに犯罪性とダイレクトに直結するわけではないみたい。

犯罪にはまたそれなりの(犯罪的)要素が必要になってくるから(サイコパス=犯罪者)ではないようだよ。

 

企業のトップにサイコパス性の強い人は多いのは有名な話だし、弁護士や外科医などもその傾向が強いようなんだよね。

確かに、想像するに外科手術なんてものは私ならすぐ倒れてしまいそう。

慣れもあるのかな、いや、私には無理だろうね。

 

沖縄の人のサイコパス

 

前置きを書いていたら少し長くなっちゃったね( ´Д`)

この部分だけ書いて終わろうかと思っていたのだけど、持ち前の親切心が邪魔をしてしまったようで(;´▽` だらだらとパソコンをカチャカチャやってしまっていたみたい。

 

結論から言うと「沖縄の人はサイコパス性が低い」だよ。

高いと思わせるような出だしになってしまったことは申し訳なく思うけど結論がここまで下がってくるとは思わなかったから(・Д・`)

 

沖縄の人はサイコパス性が低い

そう思うのは沖縄の人はあまりにも親切な人が多いと感じるからなんだよね。

道をたずねたときの親身具合がすごい!

もちろん人にもよるし、他県でも親切な人は親切だよ。心あたたまる。

 

でもそれだけではないかな。

仕事面での見解。

 

先でリーダー的役割の人にサイコパスが多いと語ったように、ある場合においては何かとサイコパス的人格が必要とされてしまうことだってあるんだよね。

ここで私の言うある場面とは経済活動が主。 

 

そしてその度合い。

企業においてはリーダー格がサイコパス度合いが高いのはもちろんだけど、

その他の一般社員においても、程度の差こそあれサイコパス傾向のある人が沖縄の人よりも他県では多いんじゃなかなと、、。

 

すると利益獲得に向けて効率的に仕事をしようという全体の意識が高まるよね。

( ここで言う効率的とは仕事に注げるエネルギーや時間のこと)

戦い、競争に強くなる。 

なんか戦前をイメージさせる^^;

 

県民性的にサイコパス性の低い(低いと思われる)沖縄の人の経済活動について、

沖縄でも企業のトップはやっぱりサイコパス性の高い人はある程度多いのだろうけど、一般社員においてはサイコパス性の低い人が多い。

すると仕事するにあたり、効率よりも心情が上回ってしまう傾向があって、細部(多数社員)においては厳しく利益を追求していかないことが多いのかなと思っちゃう。

(沖縄の平均年収は全国最下位を受けて) 

あまり得しない案件でも引き受けちゃう。計算やしたたかさなしで。 

部下のミスにも寛容!

 

物質至上主義の世の中

生産性を高めて、経済を豊かにしていくことが正義とされている時代だけど、

でもそれは人間の中枢から何かが削られてしまっているのではないかと感じてしまうところがある。

人間的な何か。

 

でもこれからA Iが関わる世界になるだろうし、その分、仕事で人が消耗する世界がなくなっていけばいいのかなーなんて思うよね。

 

沖縄の人は霊性が強い? サイコバスの逆

 

するとサイコパスの逆とはなんだろうかと考えたところ、共感性が強いということになって、それは突き詰めれば魂の領域に入っていくのではないだろうかと思ったよ。

そして魂は突き詰めれば霊的な領域に入っていく。

(完全憶測なので鵜呑みにしないでね)

 

実際に沖縄は聖なるものの言われが多い気がするし、「ユタ」と呼ばれる霊媒師(シャーマン)が日常的に現れちゃうからさ。

 

A Iが発達すると今度は人はシャーマンよりになっていったりして、、。

 

沖縄のパワースポット

沖縄にはいくつかパワースポットがあるようだけどまだほとんど行ったことないなー

 

機会があれば行けるといいなー。

 

まずは世界遺産斎場御嶽(せーふぁうたき)かな。