モノミオン ラボ

モノミオン ラボ

monomion Labo

ブログ更新の難しさ、それはオブジェを作るようなもの

 

とりあえず今日は思いつきでずらずらと綴っていきたいと思います。

 

そのような意気込みでブログを書き始める流れです。

 

ブログ更新というのはとても難しい作業だということがわかった今日この頃ですが、久しぶりに更新してみています。

 

とりあえず、このまま永久に放置ということにならずにすみました(^^;

 

いつかは更新せねばと思いつつ、本業の方が少しでも忙しくなるとやる気はガタ落ち、

少しも手をつけたいと思えなくなります。

 

じゃあなぜ最初に書き始めようと思ったのでしょうね。過去の自分。

なぜでしょう。

 

でもそれは今こうして更新していることに理由があるのかも。

 

今は思いつきで衝動的に書いていますが、書き始めたときもそうだったのでしょう。

ふと書いてみようと思ったのですね。

 

普段、文字にして自分の中のものを表現するってなかなかないですし、文章にして取り出してみることに興味をそそられた、そんな感じでしょうか。

 

でもそれはなかなか難しい作業であることにやってみて気がついた、といったところです。

 

中には、書きたくてしょうがない!文章の方がうまく表現できる!という人もいるようですね。

すごいことです。

 

普段の生活に置いて思考はものすごくするんですよ。みなさんそうだと思います。

 

でもそれを文章にして取り出そうとしたときにふと消えていくのですよ。

 

あるいは、

消えていかずとも考えをうまく文章に置き換えられないという現象が起こります。

 

あーだ、こーだ、あーでもない、こうでもないと考えていることを文字起こしできないのです。

 

喋りもそうですね。

考えていることをそのまま言葉(喋り)で表現できません。

 

さらには、喋れるようなことの文字表現を試みても、これも簡単なことではないような気がします。

 

なぜ、この思考と喋り表現と文字表現はうまく連動しないかについて、

今これを書いていて思うことは、

例えば、オブジェを作り上げるときのような感じなのかなと。

 

要するに、

「これはなんなんだ!」ということです。

 

は?って感じですよね(^^;

 

オブジェとは、一見よくわからない造形のことを言ってます。

具体性がなく、抽象的なのですが、何かを表現しようとしている。

 

なぜこれ(オブジェ)を作ろうと思ったのか、オブジェを作った人に問います。

これに似た感覚が頭の中に、あるいは心の中に、あるいは体の中にあったから、

ということになりますかね。

 

でもなぜわざわざオブジェに取り掛かったのか、

これがいいと思ったから。

 

なぜこれがいいと思ったのか、

誰かの作品をみてこれならできると思ったから。

(この一連の流れは何かを表現したい思いがある場合、ということを前提にしてます)

 

前任者がいたからということもあるかもしれません。

クラシック音楽などの音楽もそうかもしれませんね。

 

しかし今一度言いたいことは、

「これはなんなんだ!」です

 

オブジェにしろ音楽にしろ「だから何?」なのです。

 

頭で考えている段階に置いては世界は自分ですからなんでも成立します。

しかし取り出す段階になると

「だから何?」「それがどうした」ということになります。

 

喋りに関しては、相手によって内容や話し方を変えるのは

「だから何?」「それがどうした」の部分のすり合わせを行っているからだと思います。

共通の前提があっての会話です。

急に、全く関係ない内容を奇妙なトーンでブツブツと話し始めることはできません。

話し相手との共通性において成立する表現ですから、

考えていることをそのまま取り出すことは不可能になります。

正確にいうと、前置きが長くなり骨の折れる作業になるのでしょう。

さらに自分でもわかっていないブラックボックスが存在しますので、その部分を説明するのは不可能に近いかもしれません。

 

文字表現も同じでしょう。

結局「だから何?」を取り出しているのです。

 

そう考えると。聞き手の方が「知りたい」と思う姿勢というのは、表現者にとってはとてもありがたい行為になります。

特に小さい子供をお持ちの親御さんは子供に対してそのように振舞うことは大事だと感じますね。

 

オブジェのところで出てきたもう一つのポイントがあります。

前任者がいたから、というワードが出てきましたが、

そこでふと思ったのが、世の中には様々な表現が存在します、

言葉、文章、表情、音楽、絵、造形物、建築、などなど、

たくさんありますが、

まだ前任者がいない表現方法があるのかもしれませんね。

 

オブジェという前提があるからまだ意味のようなものはわかりますが、

オブジェという美術表現が存在しなかったとしたら、頭のおかしい人になりかねません。

表現というのもそのような危険性を含んだものなのかもしれません。

 

近い将来、

考えていることを無線通信などで直接やりとりができる時代がくると聞きますが、

結局は表現方法である「共通言語」のようなものが必要だと考えられます。

オブジェものその一つです。

何かしらの媒介物が必要であり、直接相手が何を考えているかなんて知るすべはないのだろうと感じます。

 

今回このログでは、

取り出すということを取り出してみています。

正直疲れますね^^;

でも書き始めには思いつかなかったものが取り出せたような気がします。

内容が一般的に正しいかどうかはわかりませんが。

 

この文章はきっとどこかで論理がすり替わったりしているかもしれません。

それに気がついた人はあなたが正しい可能性が高いですし、

納得してくれた人もそれはそれでいいと思います。

 

書かれていることを鵜呑みにせず考えることも頭の運動になっていいかと思います。

何かがひっかかるということが大事です。

絶対はないのですから。

でも極力論理的に正しい表現をしていきたいとは思いますけどね!

 

ここまで書いてブログのタイトルを決めます。

「ブログ更新の難しさ、それはオブジェを作るようなもの」

 

ではまた(´ω`)