モノミオン ラボ

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monomion Labo

「わかっちゃいるけどやめられない」の本当の意味 〜肉体に繋がれたサガ〜

 

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「もう2度と同じ轍は踏まないぞ」と心に誓うこと約100万回!

それでもしょこりもなくまた同じことをしてしまう。

 

その度に成長しない自分に絶望してしまう。

皆さんはどうでしょう。

変わろうとする意識はいいことなのかもしれませんが、、

 

スーダラ節の 「わかっちゃいるけどやめられない♬」と言うおちゃらけた感じのフレーズがありますが、

なんかうまくいったものだなーと感じます。

 

でも実はこれ、的を得すぎて少し怖い文言でした。

 

どうしてもやめられないこと

どうしてもやめられないことにはどのようなものがあるでしょう。

  • 酒、タバコ
  • パチンコ、パチスロ(ギャンブル)
  • 爪を噛む(癖)
  • ゲーム
  • 買い物
  • 非ダイエット行為(暴飲暴食)
  • 怒り(解決したはずなのにどうしても許せない)
  • 妄想
  • 浮気
  • リストカット
  • 自慰行為
  • 危険運転
  • 暴力
  • 借金
  • ets

 

今すぐにやめなければならないものから、ほっとけってのもあるのかな。

でも人それぞれ、どれをとっても死活問題になり得る、ということも言えるでしょうか。

 

依存症から、反射反応慰め行為、など、私たちはいろいろとあまりよろしくないことを抱えて生きてますね。

 

わかっているのにどうしてやめられないのか

 

「わかってはいる、でもどうしてもやめられない・・・・もーーー諦めた!」

これが「わかっちゃいるけどやめられない♪」というフレーズ(リズムつき)になりますね。

もーーー諦めた!がスーダラ節のキモです。

 

でも今回は「もう諦めた!」にたどり着けない場合について考えていきます。

 

わかっていはいる!でもやめられない!なんでよ!?

 

では答え!

 

わかっているのは頭(精神)どうしてもやめられないのはだからです。

 

この二者がうまく連動していないのです。

 

なぜ、頭と体はうまく連動してくれないのか

 

ではなぜ、頭と体(心と肉体)はうまく連動してくれないのでしょうか。

  

やってしまったあと深く後悔し、もう2度とそんなことはしないぞと強く誓う

例えば

お酒を飲みすぎてしまったとき。

二日酔いがすごい、肝臓を壊した、震えが止まらない、などの状態に襲われたとき

「こんな思いをするくらいならもう2度と飲み過ぎないようにするぞ。うん、できる!だってこんな辛いんだ、死ぬほぞ辛いこれに比べればお酒をセーブするくらい楽なもんだろう」

 

嫌なことを言われて(されて)思わず激怒してしまったとき。

いつも同じことで怒ってしまってることはわかっていて、その都度気にしないようにしようと心に決めます。

  • 子供がいつも同じミスをする。
  • 自分の親が口癖で「あんたは要領悪いね」とよく言う。

どちらも怒ってはいけないとわかるところまで毎回自分を納得させています。

 

子供に関しては、冷静になったとき、自分の器が小さかったことに気がつくし、

親に関しては「それを言わないで」と何回も注意したのにも関わらず言うことをやめない、これ以上言っても仕方のないことだと、気にしないことを決意しました。

にも関わらず同じ状態になったときどちらもまた怒ってしまう。

 

パチンコで大負けしたとき。

儲けよりもこれまでつぎ込んでる額の方が圧倒的に多いじゃないか!

そのお金があれば、あれも買えたし、あそこにも行けた、美味しいものも食べられる。

今日だってパチンコやらなければ余裕で叙々苑行けたのに!

もうやめよう!

そしたらもっと楽しい生活が送るじゃないか。

と決意する。

しかし、次の給料日には行きたくてしょうがなくなり、行ってしまう。

 

ではなぜ思い通りにならないのか。

頭で考えているときは肉体を切り離している

上記であげた例を見てみると、全ては終わって冷静になったときにあれこれと考えていることになります。 

酒を飲み終わった状態、怒りが収まって冷静になった状態、大金を失った状態。

 

そのときの自分は、いわば、辞めたいと思っていることを行う直前の自分とは別の人間であるとも言えるでしょう。

架空の人物として、架空の人物に誓いを立てている状態になります。

臨場感がありません。

 

さらに(ここが言いたい)

肉体は勝手に反応する

肉体反応は意識を凌駕します。

強い意志も肉体の自動的な反応を前には手も足も出ません。

それはなぜか。

それは地球上に物理的に存在する状態を前提に我々の今の精神があるからです。

 

肉体に縛られた人間のサガ

 

地球上で物理的に存続するためには、どうしても肉体反応に従わなければならないときが多々あります。

極端な話ですが、呼吸を止めろと頭で命令しても体の呼吸への欲求を止めることはできません。

 

いたずらで驚かされ、それに激怒してしまうのも、体が勝手に示す危険信号に対する(2次的な)反応になります。

ただのいたずらじゃないか許してやれよと心で思っても、うまくはいかない人もいるでしょう。

その危険に対する反射がなければ、例えば車にひかれますからね。

そのとき沸騰したエネルギーが、次の危険の抑止のために起こる怒りに変換されているわけですから。

 

ギャンブル飲酒も、体がそのとき出す快楽を、生きる上で重要なものとして捉えてしまっている可能性がありますし、

実は本当に必要だったりするのかもしれません。

地球という物質空間で存続するために(今は)体としては必要なことだったりするかもしれません。

 

頭(思考)は地球を離れることはできますが、体はできません。

 

わかっちゃいるけどやめられない!

まさにその通りなのですね。

 

やめられないことは受け入れてもいい

 

とりあえずやめられない自分を受け入れ、そのあとにじゃあどうするべきかを考えてもいいと思います。

 

その場に立ったとき、なんでやめられないんだ、あれだけ自分を納得させたじゃないか。

なぜまた同じ衝動(怒り、飲みたい、ギャンブルしたい)が込み上げてくるんだ、ではなく。

もうこの衝動(怒り、飲みたい、ギャンブルしたい)はしょうがない、今はこの衝動をどう沈めるかを考えよう、としてもいいのです。

 

人間も所詮動物的な思考構造を持ち合わせているのです。

 

まとめ、依存症対策ではない

今回の主張は、どうすれば依存症などを辞められるかといった話ではありません。

なぜ考えたことを実行できないのかという話でした。

 

依存症などの対策はまた別の問題になります。

カウンセリング、心療内科受診、自己隔離、などなど。

やめるぞ!と思う時点でのより強い強制力をどう構築するかですね。

 

わかっちゃいるけどやめられない自分を責める必要はないかもしれないということでした!