モノミオン ラボ

モノミオン ラボ

monomion Labo

離婚後、子供が相手との面会を拒否しない、なぜ?

離婚する夫婦が増える中、子供がいれば、親権を持たない親との子供の面会交流の問題がついてまわりますね。

 

ここでは親が離婚した子供の立場から見た世界の出来事を書いています。

 

サブタイトル

「小さい頃親が離婚したけど、ついていった母親の恋人がいい人すぎて助かった」

〜マチ子はなぜ父親との面会交流を拒否しなかったのか 〜

 

これはマチ子という女性のお話です。

25歳の彼女が過去に経験した不思議な物語を紹介します。

 

 

(プロローグ)両親の離婚、親権について


マチ子が6歳のときに両親は離婚し、彼女は母親の方へ引き取られます。
母親の親権(監護権)はすんなり決まったわけではなく、裁判(調停)で争った上でようやく決まったことになります。
 
お互いだけの話し合いではなく、問題が調停に持ち込まれたのは父親の方が親権を主張してきたからでした。
 
母親は絶対に彼女を獲得するという意気込みで争っていましたが、お互い弁護士をつけてまで争われたものの、難しい議論もなく親権は母親の元に下ります。 


《離婚後、母親の親権》

離婚前、普通に生活を送っていれば(よほど母親に問題がない限り)小さい子供の面倒を見るのは母親がふさわしいだろうと判断されるのは司法の世界では当たり前のことになっています。
たとえ母親の不貞行為、不倫による離婚であっても、小さい子供の引き取り手は母親になるケースも少なくはありません。
(不貞行為とは配偶者以外との性交渉などを言う)
 
それだけ子供にとって母親は重要ということです。
母親の不倫による離婚の場合、父親には同情してしまいますが、子供の気持ちを考えられる男ならそれには納得することでしょう。

 


離婚後、母親との暮らしは楽しかった

 
離婚後、マチ子は母親と二人で暮らすことになり、父親とは週に一回の面会で会うことになりました。
 
毎週末、父親が時間の都合のつけられる曜日に設定されます。
面会の日は母親と待ち合わせ場所へ行き、父へ引き渡され、数時間遊んだのち、帰りの時間になるとまた同じ場所で母に引き取られます。
 
マチ子はこの面会が嫌でもなく、好きでもありませんでした。
父親のいなくなった日常の生活もとくに何も感じず、家族が一人減った違和感をほとんど感じていませんでした。
 
ただ、自分が(面会に)行ってあげなければ父親がかわいそうだなという一つの感覚だけはマチ子の中にありました。
 
しかし面会が終わり自宅へ戻って日常の生活が始まると、その想いは膨らむことなく心の片隅みにポツンとあるだけで、その想いがマチ子に影響を与えることはありません。
 
母親との生活は楽しく大半の時間において父親のことなど忘れてしまっていました。
週末に近づくと義務的感覚で面会の日のことを少し考え、習い事にでも行くような感覚で面会へ出かけて行きます。


マチ子、離婚後初めて母親に面会について聞かれるが、、

ある日のこと、母親が「今度の面会どうする?」とマチ子に聞いてきました。
「どうしても行きたくないときは、行かなくてもいいからね」と母親は言います。
 
そんなことを聞かれたのは初めてのことで、マチ子は急にどうしたのだろうと不思議に感じましたが、マチ子は行くことが義務ではないのならべつに行かなくてもいいかなと思い、感じます。
 
ですが行かない状態を想像してみると、習慣になっていてた生活スタイルの変化が少し心地悪い気がしたし、父親に対するかわいそうだなという心の角に置かれた小さな想いが少し振動を起こします。
なのでマチ子は「行ってもいいけど」と答え、それならということで面会は実行されます。
 
それからたまに母親は面会の実行についてをマチ子に尋ねるようになりますが、マチ子は面会を拒むことはしませんでした。
 
母親側の実家での旅行やキャンプ、学校での行事ごとなど、何かしらのイベントがある場合や、体調が優れない場合には面会をキャンセルすることはありましたが、何の予定もなく中止にすることはありませんでした。
 
母親はなぜそのようなことを尋ねるのだろうと疑問に思うこともありましたが、マチ子が長い時間それを気にとめることはありませんでした。


マチ子、母親から男性を紹介される

離婚から3、4年が経った頃、母親はマチ子に吉本さんという男性の親友を紹介します。
 
母親はマチ子に友達だと言って紹介しましたが、マチ子には友達よりも深い関係の人なんだろうなと何となく感じていました。(マチ子10歳くらい)
 
具体的に恋人だろうというような感覚ではなく、あくまでも感覚的に母親に影響を与える人物だろうなということを肌感覚で感じていました。
 
母親の表情の作り方や肌の色みがいつもと違っていたのかもしれないし、いつもと違う匂いを発していたからかもしれません。
 
けれど母親は友達とだけしか言わないし、紹介された後にも(多分)会うことはなかったのでマチ子はその人のことはとくに気にとめることなく過ごしていきます。
 
相変わらず母親との暮らしは楽しく、父親がいないということは全く気になりません。
学校では友達とのおしゃべりの中で父親の話題がよく出てきますが、マチ子はそれら話題に感情を揺さぶられることはありませんでした。
 
友達が父親の愚痴を話せば「へー大変そう」と一次的に思うだけで深いところでは何も感じないし、父親に遊びに連れて行ってもらったという話をされても「そうなんだね、楽しそう」と親戚のおじさんに遊びに連れて行ってもらったくらいの感覚でしか捉えませんでした。
 
その頃には面会は、マチ子の習い事やクラブ活動が始まったため、2週間に1回になっていました。


俺のこと無視した? 面会のとき父親に言われ困る

ある面会の日のこと、マチ子は父親から不思議なことを言われます。
 
「この前○○競技場で見かけたけど、無視した?」と父親はマチ子に言いました。
そのとき地元のセミプロのサッカーチームの試合が行われていて、学校の友達とその母親と一緒に観戦に来ていました。
 
「目合ってたよね?こっちは両手塞がってて合図はできなかったけど目で合図してたんだよ」と父親は続けます。
 
「覚えてない」とマチ子は言います。本当に覚えていませんでした。
「嫌われたかと思って悲しくなっちゃったよ」と父親は言います。
 
嫌われる?とマチ子は思いました。
自分がこの父親を嫌うというのがどのような感覚なのかピンとこなかったのです。
 
「そんなことはない?」と父親は言います。
「ないと思うけど」とマチ子は言いました。
 
それから何度か同じようなことが起こりましたが、マチ子には全く心当たりがありません。
そしてそれを父親から指摘されるたびにマチ子は嫌な気分になりました。
 
まるで自分の分身のようようなものが自分と父親の間に介在しているような気がし、そしてその分身が父親と目を合わせているのかもしれないというような気持ちの悪い感覚にさせられます。


父の日にちなんだ授業、離婚した父親の顔を思い出せない

父の日にちなんでそれぞれの父親のことについてを考える授業が学校でありました。
そのときマチ子はある重大なことをに初めて気がつきます。
いくら思い出そうとしても父親の顔を思い出せなかったのです。
 
普通の人が、身近すぎて親しい人の顔を具体的に思い出せないものとは遥かに違う、イメージのようなものも作れなかったのです。
 
雰囲気も出てこないし、匂いを刺激する感覚も蘇りませんし、一緒にいるときの空気感も捕まえられません。
面会は一昨日も行われたばかりでした。
 
父親の顔が思い出せない、そしてそのことにすら気がつかなかった。

なぜ今までこのことに気がつかなかったのだろうとマチ子は不思議に感じますが、考えてもわかりません。
 
しだいに父親の顔が思い出せないこと以上に、なぜ父の顔が思い出せないことに気がつかなかったのかが不思議でたまらなくなりました。
 
それは少し先の暗闇の中に見たことのない新しい奇妙な物体を発見したかのように、自分の中に奇妙な新しい意識のようなものを発見したような気分でした。
自分とはなんなのだろう
 
学校でのその時間、マチ子はその不思議についてずっと思いを巡らせることになりますが、くしくもそれは授業として今やるべきことをやっていることになります。
ですがもし作文でも書かされていたらとても困ったでしょう、一行も書けなかったはずです。
 
さらに思うことがありました。
父親が最近よく言うように、街中で偶然会ったのに自分が無視してしまっているのは、顔を見ても彼のことを父親として認識していなかったのではいだろうかと、マチ子は思い当たります。
 
そしてきっとそうなのだろうと確信的に思えたのは、例えば今、廊下を父親が横切ったとして、それが自分の父親であると認識できる自信がなかったからです。
 
そしてさらに、
街中で父親を見かけたそのとき、自分は誰かと目があっているということは理解していただろうかという疑問も沸き起こります。
知らないおじさんと目が合っている、ということくらいは認識していたのかということです。
でもそれも思い出せませんでした。
 
それから時々は父親のことを思い出してみようと試みるようになりますが、いつまでたっても彼の顔や雰囲気を思い出すことができませんでした。
 
そんなこともあってマチ子は、面会のときは父親がどのような顔をしているのかを確認してみようと意識しながら父親に会います。
 
しかし、面会が終わりひと段落がついたとき「そういえばお父さんの顔を確認するの忘れてたな」という感じに毎回のようになってしまいます。
忘れてしまうのです。

 


 ようやくマチ子は親の離婚についてを考える

 
ここへきてようやくマチ子は自分の父親についてを考えるようになりました。
するとマチ子はなぜ両親が離婚することになったのかが気になり始めます。
 
それはそもそもなぜ結婚したのだろうという疑問が無意識的に根底に沸き起こったからかもしれません。
 
まるで別人に感じるこの二人(両親)が過去に結びつき、そして離婚した。
意識してしまうと、この一連の流れに違和感を感じずにはいられません。
 
そこでマチ子は母親になぜ二人は離婚したのかを尋ねることにしました。
しかし、母親と顔を合わせ、その話題を持ち出そうとするといつもその想いは消えてしまい、最終的にはまた今度でいいやとなってしまいます。
まるで磁石が磁石をはじくように、母親とその話題は結びつきません。
 
それからマチ子は一人でいるときには父親のことをふと意識するようになっていました。
ですが母親や、父親本人といるときには、不思議なことに一人のときのように父親のことが意識上に上ることはありませんでした。
 
一人でいるときは意識できます。しかしそれでも相変わらず父親の存在を感じることはありません。
 
目を閉じてイマジネーションを働かせますが、消えかけの煙が消えていくのを見ているかのように、父親のイメージは捉えることができません。


考えたあと ふと訪れる感覚、それはとても・・

あるときマチ子が父親のことを考え終わり(実質は数秒間)、いつものように何も思い浮かばなかったそのあとのこと。
 
教室の右側の窓から、左側の窓へと目を移し、遠くの空を見上げ雲の動きを追いながらしばし経過したとき、何かしら不思議な感覚が体の中に巻き起こっていることに気がつきました。
 
何かが自分の体を支配しているような感覚があり、しかしそれは嫌な感じではありません。
むしろ気分を良くしてくれるような感覚で、開いた窓から涼しい春の風が入ってくるような爽やかさが、自分の中を満たしてくれるような感じでした。
 
マチ子は正面を向き、黒板の落書きを眺め、横の日付を眺め、日直の二人の名前を眺め、その前をうようよとうごめく同級生達を眺めました。
みんなも楽しそうだなとマチ子は思います。
 
その後もマチ子はふとしたとき父親のことを考え、そのあと少しして訪れる爽やかな感覚を意識するようになりました。
 
もし自分の中に何かしら穴があるなら、その穴を満たしていくようなモワッとしたいい匂いの軽い物体、物質でした。
それが入ってくるために空けられている空間が実際に心の中にあるような気がしました。
 
意識してしばらく経つと、それは自分の中によく起きていた現象であることに気がつきます。
何も考えていない無意識の状態でいるときも、その爽やかな感覚が知らないうちに訪れていることに気がついたのです。
 
どういうときにそれが訪れているのかわかりません。
きっと何かがきっかけとなってその感覚が訪れているはず、そのきっかけ(トリガー)があるような気がマチ子はしていました。
 
スイッチが入る微かな感覚があったのです。
しかし自分で意識できるきっかけは父親のことを考えた後くらいしか見つけられません。


学校帰り、頭に浮かんだある男性の顔、父親か?

学校帰りにぼけっと歩いていたあるとき、マチ子の脳裏をよぎった一つの顔がありました。
「誰の顔だろう」
それとほぼ同時に右側の車道の対向車線側を通り過ぎていった車の運転手の顔が、一時停止したかのように目にとまり、よぎった顔と重なりました。
 
車の中の顔には見覚えがあり、そして脳裏をよぎった顔とその顔は同じでした。
 
思い浮かんだのが先か、車の人を見たのが先かは正確には判断できませんでしたが、二つの顔が重なったとき、空間がブレたような感覚をマチ子に与えました。
 
肩より上しか見えませんが、それでもがっしりと見える体格に、短かめの髪型でメガネをかけている男の人でした。
 
誰だっただろう?とマチ子は思います。
お父さんか?
いや違う、あんな鮮明に認識できる人ではないはず。
それになりより、「空間感覚」が違う。
このときマチ子は空間感覚について初めて意識することになります。
 
-- 空間感覚とは空間の鮮明度、明度あるいは色味と、それに含まれる自分で感じる自分の存在感のこととして、話を聞いた筆者が定義しています。当時のマチ子にとってはあくまで感覚的なものです。--
 
マチ子はその感覚を初めて意識することになります。
 
意識できたことにより、それが父親と関わるときの空間感覚とはまるで違うことがはっきりわかるし、日常の空間感覚とも少し違います。
空間は水を通して見たような瑞々しさと鮮やかさを持っていました。
 
それを目撃してからしばらく考えていても誰だかわかりませんでしたが、考えている間マチ子はとてもリラックスした状態になっていました。
 
目の奥の疲れがとれ、首と肩と背中の力が抜けたような感覚でした。
家に着く前からあくびが止まらず、家に入ってからベッドに倒れこみそのまま数時間熟睡します。
 
母親が玄関を開ける音がして目を覚まし母親を出迎えたとき、帰宅時に見た男性が誰だかピンときました。
吉本さんでした。
 
母親が以前紹介した友達の吉本さん。
帰ってきて見た母親の顔から連想して目撃した吉本さんの顔を思い出したのです。
マチ子は母親の顔をじっと見つめました。
 
母親の顔はいつも見ているものと変わりありませんでしたが、一度吉本さんを連想してしまうと、帰りに目撃した空間感覚混じりの母親が見えます。
 
雫を通して見たような澄んだ鮮やかな明度と、母親が加わることで追加された暖色系の色合いで自分のいる空間が作られていました。
 
マチ子はそのまま母親に抱きつき、母親のお腹のあたりに顔をゴシゴシとこすりつけながらそこで何度も深呼吸しました。
 
入ってくる匂いも含め、それはあまりにも心地よく、それをしばらくやめることができませんでした。
母親は笑いながらずっとマチ子の頭を撫でていました。
 
夕食を食べながらマチ子は母親に言います。
「またあの人に会いたいなぁ」
「あの人?・・・ああ吉本さんのことかな?」
「うん」
「わかった、聞いてみるね」と母親は理由も聞かずすんなり了承します。

 

マチ子、吉本さんに再開する

後日マチ子は吉本さんに会うことになります。

「久しぶりだね」と吉本さんに言われ少し照れましたが、マチ子はすぐに吉本さんに打ち解けます。
 
中型の水族館へ母親と3人で行き、こじんまりとしたレストランで会食を行いました。
いきなりの会食はマチ子が緊張してしまうだろうということで、最初に水族館がセッティングされましたが、その必要はなかったかもしれません。
 
人見知りのマチ子には珍しく、彼にはたくさんのことを話しました。
「マチ子ちゃんは話すのがうまいねー」と彼は言いました。
 
マチ子もこんなに人に物事をスラスラと話したことはないように思いました。
「吉本さんは聞き上手なのよ」と母親の声がうっすら聞こえましたが、そんなことは気にすることなくマチ子は次の話題を吉本さんに話し始めます。
 
その後2回ほどの会食を経て、マチ子は1人でも吉本さんに会いに行くようになります。
 
それによって母親は自分の自由な時間をこれまでより多く作ることができるようになりました。
結婚してからはやめていたスポーツジム通いや、カルチャースクールのような習い事にも行けるようになります。
 
吉本さんも忙しい身だったので、マチ子と会うのは1回につき2時間程度の週に1、2回ではありましたが、マチ子にとってはとても有意義な時間となります。 

 

 

目次の下から続きが始まります。


親の離婚後、マチ子の意識感覚が変わる

 
吉本さんと会い始めてから日常生活で父親のことを考えることはほとんどなくなりました。
 
正確に言えば考えようとする側からどうでもいいやという思いが出てきて、すぐに考えることをやめてしまうようになったのです。
 
どうせ考えてもわからないとう諦めの意識がすぐさま現れるようになったことが根本にあるのだろうし、それは吉本さんが影響しているようにも感じます。
 
吉本さんという存在がマチ子の意識を1段階引き上げたような感じになっていました。
それは上に引き上げたのか前に引っ張ったのかはわかりませんが、ある種成長のような感覚としてマチ子は感じていました。
 
よくわからないもののことを考えるのはもう過去のことだと、何かバージョンアップされたような感覚がマチ子にはあります。


離婚した父親のイメージ

そんな中、次の面会は無事終えましたが、その2週間後の面会は体調不良によりキャンセルします。
 
日常で父親のことを考えることはほとんどなくなりましたが、キャンセルの前日、父親のことを1度考えるとこれまでと違って彼の存在が頭から離れなくなりました。
 
相変わらず顔は思い出せないのですが、雰囲気のようなものは思い浮かべることができるようになっていたのです。
空間感覚とは違う、生々しい存在感のようなものです。
 
しかしその思い出される雰囲気は黒いゲジゲジした気持ちの悪いもので、それはタバコで汚染された肺の写真をマチ子に思い出させます。
ヤニのような匂いまで伝わってきそうでした。
 
マチ子はその記憶から距離を取ろうと努めますが、簡単に切り離せた今までと違い、今回はマチ子にしつこくまとわりついて離れません。
うまく空気が吸えず呼吸が浅くなり、気分がだんだんと悪くなり、吐き気までもよおしました。


父親の面会要請

キャンセルした次の週の週末に面会希望の要請が父親からあります。
母親はマチ子の様子から独断でそのままキャンセルしようかと思いましたが、一応マチ子にどうするかを聞いてみました。
 
聞かれたこの日は水曜日でしたが、このとき父親のことを思い出しても何も感じなかったし、今回は心の隅に置かれているかわいそうに感じる想いの小さな塊が軽く振動しました。
 
断り続けるのも悪いし次は行こうと決め、「いく」とマチ子は母親に言います。
マチ子は再度父親のことを考えてみましたが、晴れないモヤを眺めているような感じで、そこに負の感情を揺さぶる刺激はありませんでした。
 
その回の面会は前日に気分が悪くなることはありませんでした。
前日のその日、吉本さんと会って焼肉を食べさせてもらっていたので思い出す余地がなかったからかもしれませんが、帰って眠る前にも何も感じませんでした。


面会した父親から何か聞こえる

翌日は朝から母親と車で家を出て待ち合わせ場所へ行き、父親に引き渡されます。
引き渡されるそのとき、一瞬父親の顔が認識できたような気がしましたが、見ませんでした。
確認するという選択肢が与えられていることをマチ子は認識したことになります。
 
さらに二人になったとき、彼が何かブツブツつぶやいているのが聞こえてきます。
「ちっ、約束破りやがってくそ女が」とマチ子には聞こえました。
それから数秒が経過したのち
「なあ、マチ子はいい子だからあんな風にはなっちゃダメだぞ」と聞こえてきました。
 
ぞわぞわっとしたものが太もものあたりからこみ上げてきました。
自分が間違った場所にきてまったような恐怖のようなものがそのぞわぞわに乗って全身を覆います。
それからの記憶がありません。
 
面会が終わって2日後の朝に、面会があったこと自体を思い出す形で、あれはなんだったのだろうとマチ子は思います。
嫌な言葉が聞こえてきた、あれは父親が発したものなのだろうか、あるいは幻聴のようなものなのだろうかとマチ子は悩みます。
 
それから2週間が平穏に過ぎていきます。
吉本さんと会うのも習慣化されてしまっていて、最初のような刺激はないもののマチ子にとっては楽しい時間であり、会わずにはいられない存在になっていました。
 
長時間いることは少ないですが、毎回食べさせてもらえる食事は美味しいですし、吉本さん相手だと際限なく喋り続けてしまうほど話に没頭できるのです。
とてもリラックスでき、ストレスも解消できました。
 
子供なりに実現したい目標や、夢などを語ると、吉本さんはそれがどうすれば叶うだろうかということを一緒に考えてくれ、もし実行するなら協力するよとも言ってくれます。
とても頼もしく感じました。


それでもマチ子は母と離婚した父との面会へ行く

次の面会のときもマチ子は母親に意思を聞かれましたが「行く」と答えます。
 
しかし父親と再開してみるとまたあのブツブツとしたものが聞こえてきました。
内容は確認できませんが、父親が発していることは確認できました。
前回と声色がリンクしたので、きっと前のものも父親が言ったことだったのだろうと思いましたが、マチ子は思い出さないようにします。
 
そうだと思い、マチ子は父親の顔を見てみると、うっすらと輪郭のようなものだけが確認できましたが、意識的にそこまでしか見ませんでした。
それ以上見ることに対して拒否反応のような気配を目の奥から感じ、それは目を圧迫するような気持ちの悪い感覚でした。
 
それからことあるごとにブツブツと父親が何かを喋っているのが聞こえてきます。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うちの子にならないか・・」
「・・・・・・・・・最悪なおn・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・男ぐせ・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・家事もしな・・・・・・・・・贅沢・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・目つきが・・・・・・・・・」
 
マチ子は目を閉じます。
だんだんとブツブツは聞こえなくなりました。
眠ってしまっていて夢を見ていたのか、あるいは通常の想像なのかはわかりませんが、この前吉本さんと決めた冬にスキーに行こうという話を具体的に思い浮かべていました。
それはマチ子の呼吸を楽にします。


父親の実家でのこと

気がつくとマチ子は父親の実家にいました。
そこには彼の両親がいましたが、もちろんそれはマチ子の祖父母にあたります。
 
この日は昼食をその祖父母の家で取りますが、面会時、昼はよくここにきて食事をしていることにマチ子は思い当たります。
自分が今ここで食事をしているんだ、という状態を初めてマチ子が意識した瞬間でしたが、そのことで少しだけモヤモヤした感覚が胃のあたりに生じました。
 
そしてそこでもブツブツが聞こえてきました。
今度は父親のものだけでなく祖母の声も混ざっています。
 
「・・・・・・・」
「ねえ、マチ子ちゃんはなんでそんなに裕福なのかなぁ?」
「・・・・・・・」
「お母さん水商売してるのかしらねぇ」
「・・・・・・・」
「そんな女のところにいるのは良くないよ、こっちで暮らしなさいね」
「・・・・・・・」
 
主に祖母の声でした。祖父の声は聞こえません。
マチ子はトイレに行き、便座に腰掛け目を閉じました。
そこから先の記憶はありません。
 
母親に面会について聞かれるが、マチ子にはよくわからない

家に帰ってから母親はしきりに「面会行きたくなかったら行かなくていいからね」と言うようになっていました。
「どうして?」とマチ子は聞きます。
「んー、そろそろ自分の考えで行動してもいいかなと思ってるのよ」と母親は言います。
 
「考えてみる」とマチ子は言いますが、結局何も考えられませんでした。
 
ふと父親が言ったブツブツの合間に聞こえてきた言葉や、祖母の言った言葉を思い出すことがありました。
 
最初はただのワードとしての認識でしたが、だんだんとあれは母親のことを言ってるのかもしれないと思うようになります。
ですが言葉の内容と実際の母親を結びつけることはありませんでした。
 
それに伴って父親の様子や、祖父母の様子をぼんやりと思い浮かべることができるようになっていました。
するとブツブツと何かを言う音が頭の中で聞こえはじめ、以前思い浮かべた黒いゲジゲジとしたものが視覚として思い出されます。
 
そのゲジゲジの存在は視覚的に思い出せる父親であり、祖母であるようでした。
 
マチ子は目を閉じ、深呼吸をします。
そうするとマチ子は眠ってしまいそうになりますが、そこが眠れない場所なら一度あくびをしてから首を回し、姿勢を正してから肩の力を抜き、しばらくぼうっとします。
眠れる場所なら寝てしまいます。

 


母親と離婚した父の正体

 
2週間が経ち、マチ子は面会に出かけます。
 
いつものように父親の車に乗り込むのですが、この日は嫌な匂いがしました。
若干のタバコの匂いと、カビ臭さのような匂いと、あとは硫黄やアンモニアのような得体の知らない匂い。
 
いつもと違う。とは思いませんでした。
逆にこれがいつも乗っている車の状態であることがマチ子にはわかります。
以前にも体感していることをなんとなく思い出したのです。
とりあえず窓を開け、そこから少し顔を出して外の排ガス混じりの空気を吸い込みました。
 
閉めてと言う声が聞こえてきましたが、その意識を留めておくことはできませんでした。
中の空間と遮断する形で窓から顔を出していたわけであり、とにかく中と関わり合いたくありませんでした。
 
それでも父親は窓を閉めようとします。
マチ子は無理やり窓から剥がされ、パワーウィンドウが上げられます。
助手席のシートベルトのあたりとシートの間に頭を固定し、まるで横にうなだれた状態でマチ子は目を閉じます。
 
深呼吸ができないので、マチ子は匂いを極力吸い込まないように意識しながら、細々と呼吸をします。
するとまたあのブツブツが聞こえてきました。
しかしブツブツが聞こえてきたのは最初だけであとは何を言ってるのかはっきりわかりました。


面会中、父親の話す異様な言葉

父親は運転しながら周りの車の文句を言いい続けます。
とても攻撃的な言葉に感じました。
 
それからだんだんとマチ子の母親の悪口を言うようになっていきました。
あれはロクでもない女だというようなことを語り、それからマチ子は俺が引き取った方がいいんだと言い、もう少し大きくなったら自分のところへ来るように説得を始め、しまいには自分にはマチ子が必要で、いないと生きていけないというようなことを悲しげな声で言いました。
 
マチ子は再び窓を開け、外の風を吸い込み、深呼吸しながら何も考えないように努めます。
 
それから(誰のものかわからない)買い物へ付き合わされ、昼前には祖父母の家へ行きました。
祖父母は喜んでいる様子に見えましたが、顔を見ることができませんでした。
このとき、もう見ようと思えば見ることができるような気がしたのですが、見てもいいものには思えなかったのです。
 
そこでも今回は大人たちが何を話しているのかがしっかりと聞こえるようになっていました。
普通の何気ない会話も聞こえてきますが、食事が始まるとやはりマチ子の母親の悪口を祖母は言い始めます。
 
掃除ができない、ご飯はまずい、頭が良くない、外面がいい、格好が派手だ、高価なカバンしか持たない、などなど。
 
「マチ子ちゃんは今のところ大丈夫そうだけど、一緒に住んでるとその内お母さんに似て来るから早くこっちに来ないとダメよ。それとも父さんの所がいい?4人で暮らすのもいいんじゃない?ねぇ?」
ととても優しい声でマチ子に語りかけます。
 
その間祖父は「まあまあ」とだけ言い続けてましたし、父親は車のときとは変わってあまり話しませんでした。
 
「あら、また新しいお洋服着てるのね、お母さんに買ってもらったの?よくお金があるわねー」
と祖母は言います。
 
マチ子はだんだんと食欲がなくなっていき、箸を動かす手が完全に止まってしまいます。
 
そのとき祖父が「外行こうか」と言ってマチ子を散歩に連れ出しました。
祖父母の家の近くには小さな公園があり、そこのブランコに座ってマチ子はしばらく揺れていました。
その間祖父は何も言いませんでした。
 
その日は動物園に行く予定になっていたので、父親と二人で動物園へ行きましたが、マチ子はずっとぼうっとしていました。
 
父親が何を話しているのかはもう認識できるようになっていましたが、その意味を自分の中に落とし込むことはしませんでした。


マチ子、ぼうっとした生活を送る  

それからマチ子はしばらぼうっとした生活を送ります。
そしてたまにお腹が痛くなったり、吐いたりしました。
 
その原因を母親に尋ねられてもマチ子は「知らない」と言いますが、それは嘘ではなく本当にマチ子にはよくわかっていなかったのです。
 
気がつくと闇のような世界から得体の知れないイボイボの手が伸びてきて、マチ子の中にそれを突っ込み、小腸のあたりを握り潰しているような感じでした。
 
次の面会はありませんでした。
今週はないんだなとマチ子は思いましたが、その理由を母親に尋ねることはしませんでした。
 
しばらく吉本さんにも会えていませんでしたが、母親は会いたいときは言ってねとよく声をかけてきます。
 
母親が作った料理を食べているとき、今日のこの料理おいしくないなと思った瞬間があり、そのとき祖母の言葉を思い出して食べているものを吐き出すことがありました。
 
カーテンの下に溜まっていた埃を見つけたり、お風呂場の排水溝に溜まった何本かの髪の毛を見たときも気分が悪くなりました。


吉本さんに会えるようになり、面会についてを語る 

面会が終わって3週間目にマチ子は吉本さんに会います。
マチ子の気分と、吉本さんの都合が合ったというタイミングでした。
マチ子はあまり話しませんでした。
 
それでも連れて行ってもらったレストランのハンバーグがおいしく、久しぶりにお腹いっぱい食事をした気がしました。
それから週に一回くらいの頻度で会い、寿司屋に行ったり、イタリアンに行ったり、ゲームセンターへ行ったりしました。
 
徐々にマチ子は話すようになり、吉本さんと再び会うようになって約1ヶ月後にはいつものように話せるようになっていました。
その間面会は一回もありません。
 
またそれから1ヶ月くらい後のこと、マチ子は面会で起きた出来事(言われたこと)を吉本さんに話します。
それは話そうと思って話したのではなく、ついつい口走ったような感じでした。
 
話した側からまずいとマチ子は思ってしまいますが、吉本さんは聞きたそうな顔をしていたのでそのまま話してしまいました。
 
マチ子はなぜまずいと思ってしまったのかは自分でもわかりせんでしたが、一度話してしまうと、話したいとう欲求を押させきれず、そのとき思い出せることは全部話しました。


自己分析を行うマチ子

吉本さんに面会のことを話すようになってから、マチ子は面会を行なっていたときのことを振り返ることができるようになっていました。
そして自分なりに父親が言った言葉や、祖母が言った言葉についてを考えてみることができました。
 
結論としては、あの人たちの言うことが当たってるのか間違っているのか本当のところははわからないけれど、自分的には母親は圧倒的に正しい存在であり、何を言われようが自分は母親にしかついて行く気はないということでした。
 
それでもたまに原因不明のめまいや吐き気をもよおすことがあり、それは過去の面会のことを思い出してのことであることがマチ子にはわかってきていました。
今まで完全に思い出せなかったものが、今でもはっきりとは見えませんが姿形を隠したまま邪悪なものとしてマチ子を襲います。


後日談、大人になった今

マチ子を襲うそのトラウマが消えることはなかなかありませんが、年々薄らいではいるし、吉本さんに話すことにより楽になれ、あるいは話そうと考えるだけでも楽になれました。
 
20歳くらいにになった頃、なんとなく確信的にわかってきたことがマチ子にはありました。
小さい頃たまに感じていた爽やかな感覚は吉本さんの雰囲気だったのだろうと。
そのときはまだ頻繁には会っていませんでしたが、吉本さんの影響を受けた母親からの印象だったのだろうと解ります。
 
母親は面会に行ったあとのマチ子の様子が変だと吉本さんに相談していました。
最初から父親や祖母は母親の悪口を言ってたのかもしれません。
 
マチ子の様子を事細かに聞きながら吉本さんは母親に色々と指示を与えていました。
言っていいこと、ダメなこと、接し方、教育の仕方、愛情の注ぎ方、リラックスの仕方などなど。
マチ子の抱えるストレスをできるだけ吸収できるような母としてのあり方をずっとアドバイスしていたのです。
 
マチ子の意思を尊重するかたちで、面会を頭ごなしに拒否することはありませんでしたが、たまには独断で中止にすることはあったようです。
 
結局マチ子は父親側では自分を閉ざすことによって、自己防衛していたわけですが、吉本さんに会うようになって意識に変化が起き、それにより視野が広がり、違う角度から父親を見ることができるようになっていきます。
 
心身ともに身近な男性の存在を確認していることで、比較対象として父親の存在も見えてきたのかもしれません。
 
そして自分が置かれている状況に気がつくことができ、なんとかまともな人間性を取り戻すことができました。
自分で面会を拒否できるようになります。
 
そのままでしたらもしかすると、二重人格になっていたり、精神障害を起こしていたかもしれません。
25歳の今でも認知的不協和を起こし、思考が一旦停止するようなことが起きたりします。
まるで意識のレールを切り替えるような、そんな時間が流れていることがあります。
 
 
吉本さんはマチ子の母親の恋人でした。
元弁護士でしたが、自分には向いていないと弁護士業はやめ、法律に関係するコンサルティング業をやっていました。
 
並行して、人の心のケアに関する仕事もボランティア的に始め、それが本業に生かされるかたちで運営していました。
元々興味のあった心理学の知識を、たまたまクライアントに試したことから始まりました。
 
祖母が言っていたように母親が金銭的に全く困っていないことは間違ってはいませんでした。それは吉本さんが支援していたからでした。
そして元々勤めていた会社も待遇は悪くなかったのです。
 
掃除や料理、男癖、頭が悪い、といったことは全くのでっち上げだったことは、母親とずっと関わっていると簡単にわかります。
あるいは祖母にはそう見えていたのかもしれませんが、真実ではありません。
 
父親と離婚した原因も、あの性格の悪さからすれば当然だろうとマチ子は納得できます。
自分のことしか考えられない男と、さらに自分のことしか考えられないその母親が家族になると考えただけでゾッとします。
でもなぜ自分の母がその男を選んだのかは未だに疑問の残るところです。
 
今でもマチ子は吉本さんを訪ねていき、食事をご馳走になります。
吉本さんに「結婚はしないの?」と尋ねると彼は「結婚願望がないんだ」と言います。
「子供は欲しくないの?」と尋ねると「子供は作りたくないんだ」と笑って言います。
 
マチ子は母親にも尋ねます「吉本さんと結婚しないの?」と。
すると母親は「もう結婚はこりごりよ」と言います。
 
今でも母親と吉本さんは仲良くしています。
お互い他に恋人がいる気配は全くないので、この二人は恋人のようなものだろうなとマチ子は思っていますが、不思議な人たちだなとも常々思っています。