モノミオン ラボ

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monomion Labo

シンプルに生きるために「なんで?」をやめてみる

なんであなたは無意味ことばかり言うの?

なんであなたはすぐ説明を諦めるの?

なんであなたはそんなしょうもないことにこだわっているの?

先に言ってくれたらやりようがあったのになんで早めに言わなかったの?

 

この「なんで?」にはあまり意味がないことに気がついたので、やめてみたら頭がスッキリして、物事の見通しがよくなったような気がします。

 

思考がシンプル化されたような気がしますし、それによって本当に重要なものを今までより楽にピックアップできるようになった気がします。

 

 

なんで?にひそむ2つの意味

 

なんで?には2つの意味があります。

 

上であげたなんでの活用は、相手に対しての問いかけになりますね。

「なんであなたはいつも同じ失敗ばかりするの?」みたいな感じです。

口には出さず、心の中で思っているだけでも同じです。

 

もう1つには自問自答なんで?があります。

『なんであの人はいつも同じ失敗ばかりするのだろう』みたいな感じで。

 

今回提案する、やめるべき「なんで?」は前者の方になります。

後者のなんではむしろ必要なもので、これを手放してしまうと思考が停止してしまいまう可能性があります。

なので注意が必要です。あくまで可能性ですが。 

 

よく考えてみると後者のなんでも必要ない、ということにもなるかもしれませんが、未検証なので今は必要なものとしておきますね。

 

シンプル思考を阻害する「なんで?」

シンプル思考が良いことなのかはさておき、としておきます。

頭がスッキリし、思考の見通しが良くなるという点において今回は良いこととして扱いますね。

 

この止めるべき「なんで?」は複雑な感情の表現になります。

怒りの感情を質問形式で表現し、相手に突きつけているのです。

この2つの要素に同時に対処するのは至難の技です。 

 

さらにこの問いかけには実は答えはありません。

答えのない質問に怒りや失意の念を融合させているストレス性の高い奇妙な生成物になります。

毒性が強く、人を蝕む類の意識です。

 

言われた方は思考停止するか、言った方の機嫌を損ねないような言い訳を考えなければなりません。

あるいは反論することもあるでしょう。

頭の良い人なら、合気道のようにかわして、逆にあなたをねじ伏せるかもしれません。

 

「なんであなたは言うことが聞けないの?」

 「それは君がいつも矛盾していることを言ってるからだよ」

 

言われた方の出方次第では喧嘩にもなりますね。

逆ギレなどされたりもします。

 

「なんであなたは言うことが聞けないの?」

「そんなの知るかよ!うざいなー

 

「なんで?」の先に未来はない

議論に見えて結局は感情優位の自己表現でしかありません。

その先に見えるのは良い未来ではありません。

奇妙な生成物が黒い雲のようにどんよりと漂うだけです。

 

ならば最初から切り捨ててしまおうというものです。

 

「なんでお前は毎回遅刻してくんだよ!あん!」

を捨てまして、

「こいつは毎回遅刻するやつなんだよな〜そういうやつなんだよな〜」に思考をシフトするのです。

 

するとすぐに次の対策が立てられます。

「君、なんで自分が遅刻してしまうのか考えてきたまえ」と当人に自問自答を促すことも言えますし、

『なんで彼は遅刻がやめられないのだろう』と自問自答することもできます。

(もう1つの自問自答のなんで

 

あるいは対策の必要のないものはそのままほおっておくこともできます。

「なんであなたはいつも同じことを話すの?」疲れるんだけど。

から

 『この人はいつも同じことを話すんだよな〜まあいいっか』

 

問いかけの「なんで?」をやめて、自問自答の「なんで?」に変える

良い未来のない問いかけの「なんで?」を自問自答の「なんで?」に変えてみると、無駄な労力を回避し、建設性のあるロジカルシンキングができますね。

 

人が遅刻してしまう原理を学ぶことができ、次の事例に生かすこともできます。

 

シンプルさは気持ち良い

問いかけの「なんで?」を止めるだけで、結構な脳内スペースを確保することができます。

とにかく鼻から問いかけの「なんで?」を手放すのです。

そう決めてしまうのです。

「あーキタキタ!やめよう!」ってな感じで。

 

もちろん感情が関わることですから、何が何でもということにはなりません。

怒った方が精神衛生的にいい場合もあります。

そのときは怒りましょう。

 

ですが、ある1つの事案で「なんで放棄」を実行できたとき、自分がその事案に関して、無意味な部分にこだわっていたことをまざまざと感じることができます。

自分の無意識の執念のようなものに気がつきます。

 

相手に対しての「どうしてよ!なんでよ?」の念は、自分の中のエゴだったりします。

 

これに気がつくと何か重荷が取れたような感じがします。

気がつくだけで良く、取り除く必要は必ずしもありません。

そしてその気づきは何かから解放されたようで、気持ち良いものだったりします。

 

 

 この記事にも少し似たようなこと書いてますd(^^*)

monomion.hateblo.jp