モノミオン ラボ

モノミオン ラボ

monomion Labo

言うことを聞かない(部下、子供、恋人・・)解らせるではなく、コントロールする

日々、人と接しないとならないこの世の中。

相手に対して何かと不満に感じることも多々あるでしょう。

 

もちろん、あまり人と関わらない方も中にはいるのでしょうが、それでも0人ではないはず。

むしろ関わる人数の少ない人の方が、どうしようもない対人ストレスに悩まされるのではないでしょうか。

 

多くの人と関わっていれば、腹が立った人(出来事)のことは忘れてしまえまえる可能性は高くなりますし、いい人と接していればストレス解消もできます。 

他人同士を比較することで、自分の偏った見方に気づけるかもしれないし、そうすればアイツはまだましだなと許せるかもしれない、あるいは逆にこんなやつもういいやと切り捨てる(とらわれない)こともできてきます。

 

しかし、それでもなお、どのような状態にあっても他人に対してどうしようもなく腹がたつことはありますね。

 

腹がたつことの原因はいろいろありますが、今回はとくに相手が思うように動いてくれないときのことを考えてみたいと思います。

 

こんなふうにしてほしい。

こいうことはしないでほしい。

 

何度もきちんと伝えているはずがなかなか実行してくれない。

なんでまた同じことしてるのよ。

なんで何回も説明しているのにわかってくれないのよ。

 

などのストレス性の思いが蓄積していきます。

 

目次の下から続きが始まります。

 

相手に自分の気持ちをわかってもらいたい

とくに親しい間柄の人(親子関係や恋人関係)に対しては、自分のことをよくわかってもらいたいと思うでしょう。

あるいは、そこまで親しくない人に対してもそのような傾向が人にはあるかもしれません。

 

私が思うに、わかってもらいたいは人の存在意義までを司ってしまう想いではないかと感じます。

人に自分をわかってもらうために人は生きている

 

この傾向は強い人から弱い人まであるでしょうが、人の深い部分で人をコントロールしているプログラムの一つではないだろうかと思います。

わかってもらいたい、認めてもらいたい。

承認欲求ですね。

 

承認欲求について少し

この承認の欲求は小さい頃どれだけ認められてきたかに関わるような気がします。

身近な人、とくに親があなたの存在を無条件に認めて接していたなら、大きくなったときの承認欲求は少ないのではないかと思います。

Facebookなどのいいねはまた違う)

 

小さい頃に承認欲求が満たされることは、自分の心の中に居場所を作ることができている、ということになります。

家に例えると頑丈で快適な家が備え付けられているわけですね。

 

外で非常事態が起きたとき、その安全な家に逃げ込むことができますし、もし傷ついてもその家の中で治療をし回復させることができます。

前向きになれる場所(シェルター)が確保されているわけです。

 

もしこの家が隙間だらけの壁だったり、もしくは家がなかった場合、安らぎを得られなかったり、帰る場所がなかったりします。

承認欲求が満たされていない場合です。

いつも怯えて暮らさなくてなりませんし、攻撃に備えて防衛反応も敏感にさせなければなりません。

 

この家の構成要素は承認欲求以外にもありそうです。

承認欲求についてはまた別で 。

 

相手が思うように動いてくれない腹立ち 

 

恋人、配偶者、親、子供、部下、生徒、など対象は様々ありますね。

 

恋人 :あまり他の異性と仲良くしないで欲しい。もっと愛情表現をして欲しい。

配偶者:家事を(積極的に)手伝って欲しい。ご飯は綺麗に食べて欲しい。

親  :小言を言わないで欲しい。やることに寛容になって欲しい。

子供 :騒がしくしないで欲しい。素直になって欲しい。勉強して欲しい。

部下 :ホウレンソウはしっかりやって欲しい。暗い顔をするのはやめて欲しい。

生徒 :騒がないで欲しい。理解力を高めて欲しい。問題を起こさないで欲しい。

 

それぞれに、やって欲しいことや、やらないで欲しいことはあり、それは永遠につきまとう問題かもしれません。

 

このやって欲しい、やらないで欲しいには大きく分けて二つの成り立ちがあると私は考えました。

 

・こちらの気持ちを理解した上でやって欲しい、やらないで欲しい。

・こちらの気持ちを理解しなくても構わないから、とにかくやってくれればいい、やらないでくれればいい。

この二つ。

 

私の気持ちを理解して、やって欲しい、やらないで欲しい

先の例の恋人同士の場合。

他の異性とあまり仲良くして欲しくないのは、自分を大事にしていないと感じたり、ヤキモチを焼いたりするから。

向こうに気があるんじゃないかと心配になるから。

 

だから異性との関わり方を考えて欲しいわけですね。

 

この場合、「異性との関わりを減らして欲しい」と伝えたとき、

「じゃあわかった言われた通りにするよ・・でもどれだけならいいの?」となったらダメですね。

「んーじゃあ、月一の飲み会くらいだったらいいよ。10時までね」とはならないわけです。

自分の気持ちを理解して、その上で異性との付き合いを減らして欲しいですよね。

 

とにかくやってくれればいい、やらないでくれればいい

うるさい子供や、生徒に関してはとにかく静かにしてくれればいいし、素直に言うことを聞いてくれればそれでとりあえずは構わないでしょう。

 

「うるさい!静かにして」

「わかったよ、言われた通りにするよ」で成立します。

 

うるさいと思ってるこちらの気持ちをちゃんと理解し、進んで静かにしてもらわなきゃ気が済まない、なんてことはないでしょう。

 

このように、恋人同士に代表される理解してもらわなきゃ意味のないものから、あまり理解を要しないものまであり、事例によっては半々の要素が含まれている場合もあります。

夫婦間においては、家事の大変さを理解して手伝ってもらいたい反面、素直に言うことを聞いてくれてればまあそれでいいかなと思う面もありますね。

 

気持ちをくみ取ってもらわなくていいものは、気持ちを押し付けない。

どうしてできないの?

なんでやってくれないの?

 

どうして〜〜なの? なんで〜〜なの?

言われた方はたまりませんね。

 

「どうしてあんたは言うことが聞けないの?」

「なんで君はホウレンソウを怠るんだ?」

 

なかなか答えようのない問いです。

お互いにとって有意義ではない時間が流れます。

 

言う方は何回も言わされていることに腹が立ってますが、言われる方は、無自覚ですので、その質問には答えようがありません。

 

人生においてこのような時間の使い方は勿体無いように感じます。

なんであの人は言うことを聞かないんだろうと思い悩む時間を減らしましょう。

 

解らせるではなく、相手をコントロールする

相手に理解させたい、解らせたい、その上でこちらの希望通りに動いて欲しい。

誰しもが最初はそれを夢見てコミュニケーションを測ります。

 

しかし、その夢がなかなか叶わないとき、早々に諦めてしまうという選択肢もあります。

理解させることを諦められる事に関しては、諦めてしまって、とにかく言うことを聞いてもらうためだけのアプローチにシフトします。 

「これこれこう言う理由で、あなたには(自分で考えて)これをやって欲しい、やらないで欲しい」を諦める、ということになります。

 

代わりに、今度は相手が思い通りに動いてくれるようにコントロールを行います。

正面突破ではなく、後ろから操作する感じです。

あるいは誘導をします。

 

自分が下手に出て、相手が思うように動いてくれたら、その流れを相手に覚えこませるなどなど、、。

そのことで相手からバカにされることもあるかもしれませんね。

コントロールされてるのも知らずにと笑えるか、笑えないかで続行するかどうかを決めてもいいと思います。

 

自分の感情を制御し、相手より高い視点で関わるということです。

最終的には自分の利益になります。

政治家ってそういう人種なのかもしれません。

選挙での下手に出方は感服するものがありますね。

 

ある種のストレスはついてくると思いますが、気持ちを押し付けて無意味な時間を過ごすよりは賢いやり方であるとも言えるのではないでしょうか。

 

もちろん、利益追及だけではなく、大半において人間的成長を私は期待しています。

理解させるのを諦めることで、自分の意識できる範囲を広げることができます。

 

親の束縛から逃れたい人も有効ではないかと思います。

視点を変えて精神的囚われの身から解放されるのです。

(言ってること難しいかな^^;これについてもまたのちに)

 

このコントロールをすることに関しては、心理学的な要素も絡んできて、テクニカルな部分も出てきますから、簡単なことではなく、具体的な説明は今のところできません。

 

今回はまず心構えとして、気持ちを押し付けることから解放されてもいいのではないかという提案になります。

 

適さない場合もある

相手に気持ちを押し付けないということは、ときには自分は理解されなくていいということになりますので、恋人どおしの関係性での成立は難しいかもしれません。

理解し合いたい存在としての恋人になるわけですから。

まあ人にもよるでしょうけど、ここには承認欲求の問題が強く絡んできそうです。

 

相手をコントロールする方法

これに関しては私もまだ曖昧で難しいテーマであり、文章で表現するのは今のところ困難ですが、追々、これについて理解したことや思ったことなど書いていけたらなと思います。

 

まとめ

わかってもらいたいなどのこだわりを捨てることで、見えてくる世界が良いものへ変化する場合もあるかもしれません。

自分にとって重要なものと、そうでないものの区別を普段からはっきりさせていると、効率の良い生活を送ることができるのではないでしょうか。